仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)387号 判決 1958年3月20日
控訴人 東北産業株式会社 外二名
被控訴人 日本電信電話公社
訴訟代理人 堀内恒雄 外三名
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人東北産業株式会社は被控訴人に対し金八、一六六、三七七円及びこれに対する昭和二六年一二月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人村越市郎、同諸泉正士は連帯して被控訴人に対し金八、一六六、三七七円及びこれに対する昭和二六年二一月三一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人その余の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分しその一を被控訴人、その余を控訴人らの連帯負担とする。
事実
控訴人らは、「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠の提出、援用、認否は、
被控訴人が、「控訴人らの後記主張事実中被控訴人従前の主張に反する点は否認する」と述べ、
控訴人らが、
(1) 被控訴人が盗難被害にあつた水底電線の数量が九五・六九〇屯であるとの事実及びその種類が被控訴人主張のようなものである事実は不知。
(2) 控訴会社の引揚げた水底電線の数量及び盗難被害に関する被控訴人の主張事実は争う。
控訴会社の引揚げた水底電線の数量は、
(イ) 青森県東津軽郡東平内村字東田沢に引揚げた分が 一七・八二七屯
(ロ) 同県上北郡野辺地港に引揚げた分が 八・九六〇屯
(ハ) 青森駅ホームに引揚げた分が 七七・二一〇屯
合計 一〇三・九九七屯
である。
(3) 仮に原審の認定するとおり控訴人らの引揚屯数一〇四・三五〇屯、被害屯数九五・六九〇屯、引揚未済の水底電線が約七九屯あつたものとすれば、控訴人らは右引揚未済の七九屯全部を引揚げたと考えることもできるのであるから、被控訴人の被害屯数九五・六九〇屯のうち控訴人の引揚屯数は右一〇四・三五〇屯と七九屯の差二五・三五〇屯のみで他は控訴人ら以外の者が引揚げたともいえるのであるから、決して原審の認定するように被害屯数が控訴人らの引揚屯数より少いからその被害が控訴人らの行為に基くものと断定することはできないものである。
要するに、引揚未済の水底電線中現在海底に残存する数量は不明であるし、控訴人らの引揚げたもののうちには旧軍用水底電線も相当量混入していることが想像されるから、控訴人らの引揚げた数量が被控訴人の主張する数量より多いのは当然であつて、ことに前記主張のような事情から控訴人らは本件水底電線を盗んだものが他にもあると考えるから被控訴人主張の被害事実が控訴人らの引揚に基くものであることを否認する。
(4) 控訴人村越市郎が過失によつて被控訴人の財産権を侵害したとの被控訴人の主張事実は否認する。控訴会社がいわゆる同族会社であること、控訴人村越が引揚許可申請について陳情したこと、同人が水底電線の見本を財務部から受取つてこれを控訴人諸泉に交付したこと、引揚申請の競願人である辻村行男と右競願取下に関し直接契約したこと等の事実はすべてこれを認めるけれども、本件引揚は控訴会社の事業として行われたものであるから、控訴人村越の右行動は控訴会社の取締役として当然の行動であつて、これをもつて控訴人諸泉と共同して引揚作業をしたと断ぜられないのはもちろん、あたかも村越が諸泉を使用しているかのような注意義務を村越に求めることは法律上の根拠がない。(村越が昭和二六年一月一八日第二志宝丸に諸泉と共に乗船して本件引揚作業の現場でこれを指揮監督したとの被控訴人の主張事実は否認する。)もともと過失の本体を構成する「不注意」というのは注意すれば認識し得たことをいうのであるが、その「注意」は加害者自身の注意能力ではなく、その職業、地位に属する一般普通人の注意能力である。控訴人村越は控訴会社の取締役として本件引揚事業につき通常要求される注意業務をつくしたのであるからなんらの過失もない。
(5) 本件旧軍用水底電線の調査及引揚事業は控訴人会社が国(所管は大蔵省)の委託を受けて控訴会社の事業としてしたものであり、その当面の職務執行責任者として右事業の指揮監督をした者は控訴人諸泉正士であつて控訴人村越市郎ではない。したがつて、仮に被控訴人主張のような責任を負わなければならない者があるとしても、それは控訴会社及び控訴人諸泉であつて、控訴人村越にはその責任がない。
(6) 本件水底電線の調査及引揚については控訴会社と控訴人諸泉に過失があつたかもしれないが、それにも増して国(大蔵省及び電気通信省)にも過失があつたのであるから、過失相殺の法理により損害賠償額について相当斟酌されなければならない。
原審は「本件の被害者は国であるけれども、その国というのは本件水底電線の使用管理を行つている電気通信省ないし所属の担当官署、具体的には青森電報局、青森電気通信管理所等によつて代表されるところのものであつて、国の行政機関としての国有財産の払下事務、本件においては旧軍用水底電線の調査、引揚を承認し、引揚げられたものの払下事務を行うところの大蔵省所属の官署たる青森財務部は本件の被害に関しては国を代表するものではなく、したがつて青森財務部所管の本件旧軍用水底電線の調査、引揚の承認、その払下事務に存する過失は被害者の過失となるものではないといわなければならない」として控訴人らの主張する大蔵省の過失責任を不問に付しているが、電気通信省も大蔵省も、いずれも国の行政機関であり、このことは国家行政組織法の規定するところである。そして、「国の行政機関は内閣の統轄のもとに行政機関相互の連絡を図りすべて一体として行政機能を発揮するようにしなければならない」(右同法第二条第二項)のであるから、たとい原審が認定するように、「電気通信省が大蔵省の行政行為につき指導や指示を行いまたは阻止すべきなんらの権限を持つていない」からといつても、少くとも連絡を密にし過失を起さないよう相協力しなければならないことはいうまでもない(乙第二一号証)。しかも憲法第一七条によれば「何人も公務員の不法行為により損害を受けたときは法律の定めるところにより国または公共団体にその賠償を求めることができる」とあり、また国家賠償法第一条によれば「国または公共団体の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは国又は公共団体がこれを賠償する」責任があるのであるから、もし電気通信省にせよ、大蔵省にせよ、その所属公務員に過失があつた場合はこれをまた等しく国が責任を負うべきであることはいうまでもないところである。それならば、国として電気通信省の所管事項にひき起された損害賠償を請求する場合、もしその損害が他官庁所属の公務員の過失を原因としている場合は、その過失の責任も等しく国が負うべきものであることも明らかであるといわなければならない。原審が「大蔵省所属の官署たる青森財務部は本件の被害に関しては国を代表するものではなく、したがつて、青森財務部係官の過失は被害者の過失となるものではない」と判断したことは以上に述べた法理を誤るものである。
控訴人らは本件調査、引揚承認事務に関して大蔵省及び電気通信省の係官に過失があることにつきさらに次のとおり新しい主張をする。
(イ) 電通省青森管理所係官が、本件水底電線は五屯や六屯の漁船では引揚げられないと信じていたことは非常な認識不足である。(原審証人新谷信、杉山徳治の各証言参照)。右係官が引揚の立会にも応ぜず、不正確な見本一本で事足れりとしたのも、つまりは五屯や六屯の舟では引揚げられないと信じていたからである。したがつて、控訴人諸泉としても五屯や六屯の漁船で引揚げられるものは旧軍用水底電線であつて、被控訴人(電通省)の所有ではないと思うのも当然である。被控訴人の主張は控訴人らの責任を追及するに急であつて自己の責任に目をおうものといわなければならない。
(ロ) 電通省係官の態度は「国有財産の払下は大蔵省独自でできるので、機雷線や聴音線は兵器であるから国有財産とみなされ電通省の意見なくして承認できることになつている」から(乙第五号証、竹内清証人尋問調書)、正式の書面がでたのであればともかく、単に「立会つてくれ」程度では強いて立会う必要もない(原審証人石沢英三)と考えているようであるが、このことは国家行政組織法第二条の、国の行政機関は相互の連絡をはかり、一体として行政機能を発揮すようにしなければならない趣旨に反するものであつて、公務員の過失であり、ひいて国が責任を負うべきものであると考える。乙第二十一号証の通牒はすなわちこの連絡不十分を認めてこれを是正しようとしたものであることが明らかである。
(ハ) 本件水底電線引揚は既に昭和二六年二月一一日新聞紙上でも大々的に報道し(乙第一一号証)ているのであり、しかも一月中旬ごろ本件水底電線に故障が起り使用不能に陥つていることは係官の承知しているところである。電通省係官石沢英三は大蔵省青森財務部係官に新谷信から引揚立会に一緒に行つてくれないかといわれた際、右故障のあつた事実を失念し、自己所有の水底電線が引揚げられることがあるのではないかという危険を感じなかつたということは(原審証人石沢英三、同杉山徳治各証言参照)「職務の遂行に当つては全力を挙げてこれに専念しなければならない(国家公務員法第九六条)国家公務員の態度として看過することができない。したがつて、これらの公務員になんらの過失がなかつたということは到底いい得ない。
(7) 被控訴人の主張する本件損害額の算定方法は控訴人らの争うところであるが、仮に、磯野、脇野沢間の算定方法が是認されるとしても、磯野、大森浜間の被害電線の損害算定もこれと同様でよいということはない。乙第五号証(竹内清の証人尋問調書)によれば、右磯野、大森浜間の水底電線は、「昭和二四年九月ごろ使用しておらず、予備線として残つていたもので、何時切られたものか判らない」ものであり、したがつて、これらは修理せずにそのまま引揚げる計画であるのであるから、当該水底電線を引揚げて他に利用する価値を失つたことは明らかであるけれども、これを現状において修理するに要する経費そのものが賠償すべき損害として算定されるべきではない。原審がこの点につきなんらの考慮を払わず同一の基準のもとに算定していることは民法七〇九条のいわゆる「これにより生じたる損害」の法意に反するものと考える、と述べた。
証拠<省略>
理由
当裁判所は以下に述べるような理由によつて、控訴人らの引揚げ行為によつて被控訴人の被つた損害額につき、原審と事実認定を、また過失相殺の点につき一部法律解釈を異にするので、これらの点につき新たな判断を加えるほかは原審と事実の確定及び法律判断を同じくするから原判決理由を引用する。
当審では控訴人村越市郎、諸泉正士各本人の供述中、控訴人らの、控訴人村越市郎が本件水底電線引揚にいて現場で関与せず、したがつてその指導、監督につき過失がなかつたとの主張事実にそう部分は当審証人笹原勇蔵の証言、これによつて成立を認める甲第四三号証、当審証人笹森一郎、上村益稔の各証言と対比して信用できず、他に右主張事実を認めしめるに足りる証拠はない。
被控訴人の請求する損害額について。
右損害額のうち、磯野、大森浜間水底電線工事費(ただし電線代を除く)金一、一〇三、一六四円については、成立に争のない甲第二一号証によれば、磯野、大森浜間の線は昭和二四年年九月ごろから使用しておらず、予備線として残していたもので、本件被害後修理もせず、いずれ引揚げる計画のものであることが認められるから、被害電線代は損害として認められるけれどもその工事費を請求するのは理由がないものといわなければならないから、この部分に関する被控訴人の請求は認容できない。
控訴人らの過失相殺の抗弁について。
電報局係員の過失のないことについては当裁判所も原審と事実認定及び法律判断を同じくするから原判決中この点に関する部分を引用する。
そこで、本件で大蔵省青森財務部の担当係官の過失が被控訴人の前主である国の過失として考えられるか、もしそうであるとするならば、右係官に過失があつたかどうかの点について次に判断する。
本件で、国有財産である旧軍用水底電線の調査引揚を承認し、引揚物件の払下をした大蔵省所属の官署である青森財務部は国の行政機関として右払下事務を遂行したのであるからその行為の効果は当然に国に帰属するのであり、右払下事務により国に財産上の被害を生じた場合それが担当事務係官の過失に基因するならば、国が右被害を不法行為に基くものとして加害者に損害賠償を請求する場合、前記係官の過失は被害者の過失として斟酌されなければならないことはむしろ当然であつて、本件水底電線の使用管理を行う行政機関が払下事務を行う青森財務部とは全く別個の機関である電気通信省ないし所属の担当官署、具体的には青森電報局、青森電気通信管理所等であるということはこれになんらの消長を来すものではない。国の行政機関は対内的にはその職務を分掌して別個の機関に分れていても対外的関係においてはその機関によつて表現される主体である国の中に吸収されるのであるから、本件で右のような権限の分掌があり、青森電報局等が青森財務部に対して払下事務について指導や指示を行いまたはこれを阻止すべきなんらの権限が無かつたからといつて、財務部係官の過失は国の過失とならないということはできない。
そこで進んで右青森財務部の係官の過失の有無について考えてみるのに、本件のような払下事務について申請者に許可を与えるためには係官自らも申請目的物件が旧軍用水底電線であることを正確に調査確認して上でその許可をすべき注意義務があるものというべきところ、成立に争のない甲第八号証の一ないし三、同第一一号証、乙第七号証、原審及び当審証人新谷信の証言を総合すれば、昭和二六年一月ごろ控訴人らの旧軍用水底電線引揚許可申請について直接控訴人らに接してその事務を取扱つたのは東北財務局青森財務部管財第二課の当時の不動産第一係長新谷信であつたが、同係官は右水底電線の布設箇所を具体的に知らなかつたにもかかわらず、控訴人村越、同諸泉らから同人らが右水底電線の発見者であるから自分らに引揚げさせてくれと願出られたため軽々しくこれを信用し自らはその軍用水底電線であるか否かを充分に調査確認せずこれらのことを控訴人らに任せて自己の調査義務を怠り、結局右控訴人らの引揚申請に対して青森財務部長の許可を得させるに至つたことを認めるに足り、右認定事実に徴するときは本件払下についてはその事務担当係官に過失があつたものといわなければならない。
控訴人らは当審で新しく、電報局係官の怠慢と、電報局と財務部との係官相互の間の事務連絡が充分でなかつたことを非難主張し、同係官らは公務員として責任をつくさなかつたからその無責任が本件控訴人らの不法引揚を引起したものであつて、右公務員らの責任がとりも直さず国側の過失となると主張し、成立に争のない乙第五号証、同第一一号証、原審証人新谷信、杉山徳治、石沢英三の各証言を総合するときは本件引揚申請に対し電報局と財務部との係官相互の間の連絡については充分でなかつた点がうかがわれないことはないけれどもそのことを以て国の過失ということはできないからこの点に関する控訴人らの主張は採用できない。
そこで右青森財務部の本件引揚申請許可事務についての過失をどの程度斟酌すべきかの点について考えてみるのに、元来右引揚については控訴人らが先ず布設場所を確認するについて万全の措置を講じなければならなかつたのであつてこの点に関する自分らの手ぬかり(控訴人らの過失については当裁判所も原審と事実認定及び法律判断を同じくするから原判決理由中この点に関する部分を引用する)が前記担当官の軽そつな払下げを誘発したものということができ、結局本件では控訴人らの過失があまりにも重大で右担当係官の過失を以てしても本件不法行為によつて国に生じた損害額の算定につきこれを斟酌することはできないものといわなければならない。
以上の次第であるから被控訴人の本訴請求は金九、二六九、五四一円から前記金一、一〇三、一六四円を控除した金八、一六六、三七七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二六年一二月三一日から完済まで年五分の割合による金員の支払を控訴人らに対して(控訴会社に対しては単独に、また他の控訴人らに対しては連帯で)求める限度では相当としてこれを認容すべく、その余は失当なものとして棄却を免れない。
したがつて、これと異る趣旨の原判決を変更すべきものとし、民訴法三八六条、九六条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 檀崎喜作 沼尻芳孝)